オースティン・ムーン 「アメリカ人の意味」



ア メリカ人ということはどういう意味でしょう。私は子供の時いつもクラスメートに「あなた中国人」とか「日本人」とか聞かれていました。さいしょは「アメリ カ人よ」と答えていましたが、そう言うと、「じゃ、本当はどこから来たの?」と聞かれるのです。ですから、アメリカで生まれ、メリーランドしゅうで育った 私も私はアメリカ人じゃないと信じるようになって、両親に「アメリカ人になりたい」と言ったこともよく覚えています。 

今 も、何年も前にアメリカに来た人も「何人」と聞かれることがあります。私のいとこの母、私のおばは高校生の時にアメリカに来て、もうアメリカに三十年ぐら い住んでいて、いとこの父、おじは白人なんですが、このいとこも「どこから来たの」と聞かれると、小さいころの私と同じように「韓国」と答えるんです。 

 なぜこういうことが起こるかと考えますと、やはり「アメリカ人」ということには意味が二つあると思います。一つはアメリカでは顔や名前を見て、人をはんだんするけいこうから、 

黒人と白人がふつうのアメリカ人で、このふつうのアメリカ人にとっては「何人」ということはあまり聞いたり、考えたりすることはないんじゃないでしょうか。けれども、アジア人の顔をしていると、アメリカで生まれ、英語がよく出来ても、よくこくせきについて聞かれます。

ふ つうのアメリカ人にとっては、私はアメリカ人じゃないかもしれません。また、韓国人にとっても、韓国人じゃなさそうです。というのは、私は韓国語は三歳の 時まではよく話していたそうですが、今は日本語より下手ですし、韓国のニュースや音楽や映画について あまり知りません。つまり、私はアメリカでは韓国人 であり、韓国ではアメリカ人なのです。しかし、友達も家族もアメリカにいる私には、アメリカいがいの国に住むということはそうぞうしにくい、考えられない ことです。 

 アメリカにはもう一つのアメリカがあります。色々な国から来た人々が住むアメリカでは自分のは違ったの、もう少し分かってみようという人々もあります。たつまきが起こった時、またひこうきじこ起こった時など、何人なのか、どこから来たのかにかんけいなく、お互いに手伝い、助け合います。 

 ア メリカという大きな国のことでは、いつもみんなが一緒にさんせいするということはむりです。しかし、私はほかのアメリカ人と同じ大切な考えが一つありま す。それは自分の国をもう少しよくにしたいというきぼうです。病気をなおしたいという医者も、子供を教えたいという先生も、お金がない人々を助けたい人と 同じきぼうを持っているんじゃないでしょうか。どこから来たということはかんけいなく、こういう考え方をする人が本当のアメリカ人だと思います。何度も 「君の英語は上手だなあ」と言われても、「アメリカ人だ。」と言っている私を誰も信じてくれない人がいても、このきぼうがあるアメリカはやはり私の国なんです。