ショーン・リチャードソン 「刻まれた記憶」



僕は去年KCJS という留学プログラムに参加して、一年くらい京都で日本語や日本文 化を勉強しました。本当に素晴らしい経験でしたが、一番思い出すのは素晴らしいこと ではありません。勉強したことや京都で出会った人々や観光した所などではありません。 僕の心に刻まれたのは3 月11 日の記憶。あの日、仙台の東で、大地震が起こって東北 地方が大きな被害を受けてしまったことです。

それが心に刻まれたと言うことは、当然かどうか分かりませんが、一つの確かなこと は、前にもそんな複雑な気持ちになった。僕にとって、アメリカ人にとって、9 月11 日のテロ事件があった時です。その日、僕は中学校の一年生でした。校長が校内放送で 「ニューヨークで誰かがツインタワーに飛行機を突入させた」と話しました。一つだけ 覚えてる僕の反応、何かの冗談だと思ってしまったことです。

同じように、日本人の心に、その日のことが心に刻まれたのは当然です。あの大震災 があったと聞いた時、どこにいたのか、何をしていたのか。そんなことが思い出される でしょう。僕には9 月11 日のことと同じように、一つか二つだけのことがはっきり思 い出されます。僕のプログラムの図書室にいると、三時ごろだったでしょうか、友達が 飛び込んできて「何か起こった」と言いました。「ニュースを聞いてたら、大きな地震 が起こったそうだ。インターネットで調べよう。」と言いました。

本当の事は分からないし、僕は何も感じませんでした。ホストファミリーのはなしでは、 何か小さなゆれを感じたそうです。それよりも、数日後のニュースが本当に刻まれた記 憶です。それはただのビデオでした。場所ははっきりしません。東北の海岸の町。録画 した人は、確かにその町に住んでいる人でした。もう避難して、町の丘の上から津波を 録画していました。何度も、何度も、「水が港の境を越えて」と繰り返しながら。。。

どうしてそんなにはっきり覚えているのでしょう? 僕はアメリカ人であって、日本 語を勉強していること以外どんな関係があるのでしょうか?そんな強い関係...いや、 絆と呼んだほうがいいかな...それがあるのは、当然なのでしょうか?…当然だと思 います。僕だけではなく、世界のみんながその一瞬の出来事で日本を応援するために行 動しました。再構築のために、人を助けるために...

こころの中に一人ではないと いう気持ちが溢れ出しました。 この気持ちがあふれ出たのは、人間の持つ素晴らしさだと思います。この気持ちこそ 全世界の人々を一つにする力があります。その気持ちを心に刻んでいるのなら、もっと いい世界、未来が作られると本当に信じています。